みなさんこんにちは、生活者と小売の未来研究会の和田康彦です。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、人々の意識や価値観は大きく変わり、それに伴って、消費者のライフスタイルも大きく変化しています。
◆ネット通販の利用者が増加
総務省の家計消費状況調査によると、ネット通販を利用する世帯の割合は2020年9月に49.9%となり、前年同月から6.9ポイント上昇しました。特に世帯主が50歳以上の世帯で伸びが顕著で、5月から7月にかけては、70代以上が前年同月比3~4割の大幅増に。重症化のリスクが高い高齢者らが感染を避けるため、外出をしなくて済むネット通販を始めたことが背景にあります。
昨年は緊急事態宣言の発令によって多くの小売業が休業に追い込まれました。そんな中でもネット通販拡大の波に乗って、厳しい状況の中でも前向きにチャレンジしている企業が多くみられます。
◆創業300年のサスティナブル企業「中川政七商店」
1716年創業の中川政七商店も、変化を先取りして新しいお客さまとの付き合い方を築いてきた一社です。
同社は、奈良で300年続く老舗工芸品店。江戸時代に「奈良晒(さらし)」と呼ばれる高級麻織物の問屋として誕生しました。武士に好まれ、幕府に献上したこともあり、さらに明治時代には皇室御用達に。1925年のパリ万博にも出展して高い評価を得た歴史のある企業です。
しかしながら、その後は麻織物の需要低迷や作り手の減少によって、11代目のときには廃業の危機が訪れます。
◆再成長の原点は企業ビジョンと構造改革
2008年、13代目の社長に就任した中川政七氏は、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを打ち出し、工芸業界初の企画開発から製造販売までを一貫して行うSPA(製造小売業)事業を確立。全国の伝統工芸メーカー800社と一緒になって、年間2000点以上の商品を開発、製造販売しています。直営店は全国に60店舗。東京ミッドタウンやコレド室町、GINZA SIXなど話題の複合商業施設に次々に出店しブランド力を高めてきました。その結果、社長就任8年で売上10倍以上の急成長を果しています。
2018年3月、千石あや氏が創業家出身以外で初の14代目社長に選ばれました。そして2年後、今回の新型コロナウイルスの感染拡大という経営にとって大きな試練に出会います。
◆時代の先を読んだECへの参入
同社がEC事業を立ち上げたのは2007年。当初は、定番のオリジナル商品など在庫の多い商品の消化率を上げることと、店舗のない地方の顧客を開拓すること目的に運営してきました。しかしここ数年は、直営店とECの商品構成をそろえることで直営店に近い買い物体験ができるように整備してきました。
その結果、「ECでも直営店と同じような買物体験ができる」という時代を先読みした施策が功を奏し、緊急事態宣言で休業に追い込まれたリアル店舗の売上をネット通販が救うことになります。
◆コロナ禍で変わる消費者意識
コロナ禍で外出自粛を余儀なくされ、自宅で過ごす時間が多くなった生活者は、料理を始めたり、台所を整えたりすることに興味が向き、ふだんの暮らしを気持ちよく快適に過ごすための消費にこだわるようになってきました。いわゆる巣ごもり消費といわれるものです。中川政七商店のECサイトでも、台所用品やふきん、土なべ、陶器製の保存容器といった巣ごもり需要の関連商品がお客さまに支持されています。
また、外出自粛が、暮らし方や生き方までも考え直すきっかけとなり、モノの買い方や選ぶ基準も大きく変化してきています。
◆モノづくりの背景や作り手の思いを伝える
中川政七商店が扱う日本の工芸商品には、技術を構造が理にかなった商品がいくつもあります。ていねいにつくられた商品からは作り手の熱い思いも伝わってきます。同社のECサイトでは、このようなものづくりの背景や作り手の思いを伝えることに注力し、なぜこれがいいのかをきちんと伝えることに重点を置いています。
また、職人へのインタビューやデザイナーの開発秘話、社員が好きな自社商品の魅力、工芸品の構造的な解説など「中川政七商店の読みもの」というコンテンツを毎日配信。読みものに興味を持ってもらい、購入につながるケースも増えています。
◆SNSを通してお客さまとつながる
さらに、店舗の休業中にはインスタグラムによるライブ配信もスタート。九谷焼の窯元などオンライン工場見学や暮らしを豊かにするヒントをライブ配信することで、売上、フォロワー数も増加しています。
サービス面では、顧客会員のポイントを店舗とECで一体化。直営店とECの相互総客を推進するOMO「Online Merges with Offline」にも取り組んでいます。
これらの施策が奏功し、ネット通販の売上は2019年度の4億円から2020年度は3倍の12億円まで拡大する見込みです。そして21年度は20億、22年度は30億と強気の計画で、ニューノーマル時代の新たなビジネスモデルの構築に舵を切っています。
◆展示会もリアルからオンライン開催にシフト
一方で、2011年から開催してきたバイヤー向けの合同展示会「大日本市」も2020年はオンライン開催に変更し一般消費者に開放して開催しました。ここでも、職人のトークイベント、工房探訪の動画、プロによる商品レビューなど、オンラインならではのコミュニケーションに注力し成功を収めています。
◆利便性だけでなく、感情に訴えることが重要に
暮らし方や生き方までも考え直すきっかけとなった今回の新型コロナウイルスの感染拡大。価格は多少高くても、毎日の生活を本当に豊かに快適に楽しくしてくれるものに囲まれて生活したい。自分が興味を持ったもので長く大切に使えるものを選びたい。生活者はモノを買うときも買う理由を考え始めるようになりました。そんな生活者の心を捉えるには、利便性だけでなく感情的な側面を訴求する商品がこれからのトレンドになります。
◆ニューノーマル時代は共感を誘うファンづくりの時代
ニューノーマル時が始まり、消費市場が過渡期を迎えたいま、感度の高い消費者には、企業がつくりあげたブランドの本質だけでなく、掲げているビジョンや思想、そこで働く人の姿勢まで透けて見え始めています。
だからこそ、中川政七商店が取り組んでいるような、企業姿勢やモノ自体の魅力や背景をていねいに伝える取組みを強化することで、お客さまの共感を誘うファンづくりを目指していくことが重要です。
デジタル時代こそ、お客さまとつながるコミュニケーション設計がブランドづくりにおける大切な要素の一つになります。
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